ちょっと前に、ほぼ日で一風堂の河原社長と糸井さんの対談をやっていて、
その中で河原さんが「ラーメンが情報になった」ということをおっしゃってました。
http://www.1101.com/president/kawahara/2012-05-01.html
何かその「情報になる」ということが引っかかっていたんです。
ピンとこなかったというのが正しいかも。
ラーメンに関して言うと
油がどーの、麺の太さがこーの、トッピングが。。みたいな
1つ1つの要素を分解し、言語化し食べる人がソムリエ化するようなことなんだろうなと
何日か考えて自分の中で納得できたのはこの2,3日。
無意識に1ヶ月以上も考えていたのが我ながらすごい(笑)
感性で受け止めて、言語化しなくていいものを言語、もしくは評点という数字で表したりすること
これを「情報になる」と表現したのだろうと自分なりに解釈できました。
最近、「出会いの機会を作る」とか、「コミュニケーションの方法」のようなことに違和感を持っていたのです。
作るものでもないし、方法ってあるのかな?と思うわけです。
それはきっと、出会いの情報化、コミュニケーションの情報化ということに対する違和感なのだと気づきました。
必要な時に必要な人とは出会えるもの。
コミュニケーションの方法も正解はない。
努力するなら感性も鍛えようよ。
もちろん、情報化する役割の人もいるし、情報にも価値はある。
ミシュランは初めて行く場所では欲しい人もいるし、役立つ場面も1つ2つすぐに浮かぶ。
でも街の中で雰囲気が良いから入ってみるかとふらっと入るお店も楽しいわけで。
今、情報に世の中傾き過ぎているような気がしてるっていうのが正しいのかな。
もっと感性に従って生きてみよう!