ちょっと前に不眠症だった時代のことを書きました。
今日はその続編です。
今、このBLOGでもHappiness Lifeを送るためにはこうするといいよ~!っていう話をしているのがまったく嘘のような子供時代でした。
なんというかジャイアン的というか、ジャイアン+スネ夫というか・・
****(遠い目をしている間に進めます)
不眠症になった小学生時代、私はかなり神経質で癇癪持ち
地雷を一度踏んだらもう大変、手が付けられない子でした。
暴れるというよりも自分が受けたことに対するイライラを言葉にしてわめくタイプ(笑)
声も大きいので大変だっただろうなぁ・・・
ゲームを始めれば、絶対自分が一番じゃないと嫌。
一番になるまでやるか、負けたら大泣き。
ゲーム盤はひっくり返すわ、投げるわ。
ジクソーパズルでも同じようなことをやりました(笑)
家族だか友達だかで作っていたジグソーパズル。
自分が全然できなかったのでぐちゃぐちゃに壊したこともありました・・・
で、そんな感じは中学校まで続きました。
しかし学校的に大きな問題にはならず、むしろ成績はいい方で付属高校に進学。
下手なりに続けたバスケットで発散させていたのかもしれません。
10分経たずに5ファール→退場という記録を作りましたと書くと短気のほどがわかりますでしょうか・・・(遠い目)
その時の対戦校の相手に対して(勝手に)腹が立って
もうスポーツどころじゃなくってどうやったら殴れるかしか考えていなかったわけです。
スポーツマンシップって何語?ってなもんです。(その試合だけですよ・・・)
そんな私が付属高校に入学が決まった時に言われた一言がその後の私を決定的に変えました。
「しばらく思いっきり遊びなさい。人に迷惑をかけなければ何をしてもいいから。
お母さんには僕からも言ってあげるよ」
小学校1年生から通っていた、お習字の先生の言葉です。
親よりも年上で、とても人格者だった先生は相当心配してくれていたのでしょう。
お習字でもうまく書けないと、あからさまにふてくされる、癇癪を起す反面
お勉強だけはできて変なプライドを持っている私のことを。
「お習字なんて来なくていいから」
とまで言ってもらいました(笑)
当時は、ここまで深く考えもせず、高校1年生の私は言われた通り遊びに全力を尽くしました(笑)
お習字も1学期に1度くらい、先生と話にいくくらいだったように思います。
入学してすぐに始めたロックバンド。
毎日部室かスタジオに行ったりライブハウスに通うようになり、
リズムを付けるにはダンスもしないとという名目でディスコにも遊びに行ったり。
親にディスコ行ってくるというのも今考えるとおかしい話(笑)
飲酒もこのころから(もう時効だよね)
バイトも初めて帰宅するのはいつも早くて21時だったなぁ。遅いと23時。
高校が、とても自由(制服や持ち物、校則などすべてにおいて)でした。
パーマもOK、でもピアスはNGみたいな感じ。
始めてパーマ(ショートのくるくるフワフワパーマ)をかけたときに担任の先生に
「カワイイじゃない、いいわよ。それ本当にいいわ!似合うわよ!」
とべた褒めされたことを思い出します。
いろんな子がいて、人はそれぞれでいいんだなーって思わせてくれた本当にいい学校だったと思います。
成績は当初1,2番で入学したのがあっという間にクラスで下から数番目に(笑)
でも楽しかった!
成績が落ちたのもへんなプライドを無くすのによかったのかもしれないですね。
過去を振り返ったときの「遊びなさい」という言葉と、この高校は私に大きな方向転換のキッカケをくれたなと感じます。
中学校の時のままだったら、受験勉強しかしない3年間だっただろうなと思うのです。
(付属の大学以外に行きたいと思っていたので)
だから私は考えすぎ・頭を使いすぎの人にはいいます。
仕事を辞めたばかりの人にも言うよ。
「思う存分遊んじゃいなよ」
って。
人生には何回か、遊んでいいタイミングがプレゼントされるんだと思います。
そこを十分楽しまないと、次にまた悩んで・・・・と同じことを繰り返すのかなって。
****
しかし多少柔らかくなったところで、元々の性格のキツさはそうそう変わるわけではありません。
Happiness Lifeというものに気づくまで相当な時間がかかります。
その間・・・オレ様思考でしたね。
高校を出てから20年経ち、年下の夫に言われた「あなたは本当に心が広くなってよかった・・」という言葉にすべてが凝縮されているでしょう。あ
次回はそんな話を書きたいと思います。
「5分で5ファール」の短気さが少し治ったきっかけ~昔のこと。不眠症の後~
コメントをどうぞ